ブックガイド:ロバート・D・パットナム、柴内康文訳(2006)『孤独なボウリング:米国コミュニティの崩壊と再生』(Putnam, Robert D. (2000). Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. New York: Simon & Schuster Paperbacks,541 pages,ISBN-978-0-7432-0304-3)

2023.08.18

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Author: Lungta Seki

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 あなたは、自宅の隣に住んでいる人の顔と名前を知っているだろうか。もし、知っているなら その人とともに休日に出かけたり、お互いの家を訪問したりすることはあるだろうか。あるいは、隣人についてあまり よく知らないのであれば、あなたが住んでいる地域コミュニティでは、隣人とのつながりが強いとは言えないのかもしれない。

 それでは、社会全体として、人びとの間での信頼やつながりが薄くなるとどうなるのか。本書は、社会関係資本(social capital)という概念を基軸に、この疑問に対しての答えを1990年代のアメリカを例に考察し、様々なデータや証拠にもとづいた分析結果を提示している。 本書の構成・目次については、出版社のウェブサイトを参照してほしい。

 本ブックガイドは次のとおりである。 まず、著者であるロバート・パットナムの略歴について紹介する。次いで、本書の中心的な分析概念である、社会関係資本の定義を紹介したのちに本書の内容を概括する。最後に、本書の現代的意義について述べ、締めくくりとする。

1.ロバート・D・パットナムについて

 ロバート・パットナムは、1941年ニューヨーク州生まれの政治学者で、ハーバード大学ケネディスクールの教授である。 社会関係資本概念を世に広めた研究者として知られており、『孤独なボウリング:米国コミュニティの崩壊と再生』の前には、イタリアを事例として『哲学する民主主義:伝統と改革の市民的構造』(原著:Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy)を著している。同著の中でパットナムは、イタリアの北部と南部を比較し、その地方政府のパフォーマンスの違いは、それぞれの地方が市民共同体的な性質を有するかどうかにあり、それによって蓄積される社会関係資本が市民の水平的な人間関係の中でお互いの信頼性を高めると論じた。


2015年5月12日、「貧困の克服に関するカトリック・福音派リーダーシップサミット」(於:ジョージタウン大学)で、貧困に関する議論に参加するパットナム教授(右から2人目)。Wikimedia Commonsより。

2.孤独なボウリングが意味すること

 社会関係資本とは、「個人間のつながり(社会的ネットワーク)とそこから生じる互酬性と信頼性の規範」であり、「社会的ネットワークが価値を持ち、社会的接触により個人と集団の生産性を豊かにする」(本書 14頁)と著者は説明する。 この概念をもとに本書では、20世紀の終わりの数十年間で米国コミュニティの市民・社会生活で発生していた変容を問題視し、その原因と解決策を考察している。

 では、当時、米国コミュニティの市民・社会生活では何が起こっていたのか。第1部において本書のテーマや目的、内容を概観した上で、第2部では、新しいメンバーの加入による再活性化の動きが減速したことでコミュニティグループが米国中で衰え始めたことを指摘し、1950年代、60年代のコミュニティ問題への参加、アイデンティティの共有と互酬性が高まっていた時代と対比する。そして、その2つの社会がどのような点で似ており、どのような点では似ていないかということを公共的な領域(政治、公的な事柄)、コミュニティの諸制度(クラブ、宗教、労働関連)、インフォーマルなつながり、慈善運動やボランティアに加えて、つながりが減少していない反証事例(小集団、社会運動、インターネット)から考察している。

 様々な証拠を紐解いた結果、親世代と現在の世代のコミュニティ参加を比較する中で、組織や活動への積極的な参加が20世紀最後の数十年間で低下していることがほとんどのデータから明らかになった。たとえば、友人訪問や外出、家族での夕食の頻度といった社会的なネットワークの維持に際して非常に重要となるインフォーマルなつながりも全ての地域、年代、社会階層で低下が見られる。パットナムは、これを象徴するものとして、リーグボウリングの減少とそれに相まって増加する「孤独なボウリング」があると指摘している。

 パットナムはこうした一連の低下の原因のほとんどは、世代交代に帰することができると指摘している。つまり、コミュニティ活動やボランティアへの参加に時間を費やす世代がそうでない世代に取って代わったことによって発生しているということだ。そのほかの要因として、社会の変化がある。つまり、20世紀の最後の数十年間にはたとえば、勤続期間の短縮、パートタイム、独立コンサルタントが増加したことで職場での持続的な労働によって育まれていた社会的なつながりが阻害されたという職場環境の変化が起こった。また、米国で教育水準が上昇したことによってコミュニティに参加することで得られるスキルや社会資源を多くの人が持つようになったことがある。

 こうした低下の波に反して、増加傾向な「人々の間のつながり」も存在する。それは、小集団、社会運動、インターネットである。しかし、そのほとんどでは、所属している人々の間のつながりが薄いため、伝統的な社会的・政治的参加形態の低下を埋め合わせるものではなく、個人間のネットワークを強化するものではない。他方で、インターネットに関しては、近年台頭してきたばかりであり、その影響力を評価するのは時期尚早としつつも、「バーチャルな社会関係資本」は増加していると指摘する。

 2部では、米国社会の市民参加と社会資本の変化の傾向が明らかになった。「なぜ?」と題された第3部では、その変化の傾向が市民参加の減少につながっているのかを評価している。第3部で、パットナムは、過重労働による時間切迫と経済的な不安の増加、都市化や郊外化といった移動性の変化、ニュースと娯楽に関する選択の増加について考察を加えている。たとえば、スプロール(急速な都市化による市街地の拡大)には時間がかかることから、それによってコミュニティへの関与が失われると主張し、テレビ視聴時間が増加することで、庭や街路、人の家を訪問する時間を減少させることをデータによって示している。そして、社会関係資本と市民参加を引き起こす最も重要な要因は世代的な変化であり、ほかに社会全体の変化と世代交代の組み合わせによるものがあると指摘する。

 続く第4部では、社会関係資本と教育や地域、経済的繁栄、健康などの関係性について分析している。たとえば、社会関係資本は、子どもの成長に重要な影響を与える。また、地域レベルの社会関係資本は、個人には、精神的、経済的支援を、コミュニティ組織には政治的影響力やボランティアを提供する。同様に、社会関係資本が高い地域は、失業者によって利用され、潜在的な経済パートナー同士を結びつけることで富を作り出すことに貢献する。そして、社会的なつながりは、私たち我々 の心理学的な幸福感と深い関連がある。このように第4部では、市民参加や自発的結社といった社会関係資本の側面が民主主義に与える影響についても触れ、「社会関係資本が人々を賢く、健康で安全、豊かにし、構成で安定した民主主義を可能にする」(本書355頁)と論じている。

 それでは社会関係資本を蓄積し、市民間でのつながりを強化することによって、あらゆることが良くなると言えるのだろうか。確かに、パットナムは、以上の領域での社会関係資本の欠如が、当該地域に負の影響を及ぼすことを同時に論じ、「この四世紀 半の他者からの離脱に対して、われわれは莫大なツケを払わされている」(本書412頁)と警告している。しかしながら、社会関係資本 には暗黒面(第22章)があることについても触れられている。具体的には、第22章でパットナムは、結束形社会関係資本は橋渡し型の社会関係資本の形成を相互に阻む可能性があることを指摘している。

 第5部は、これまで論じてきた社会関係資本の衰退の現状とその要因を踏まえて、米国コミュニティの再興に向けて米国国民が何をするべきかについての具体的な解決策を示している。冒頭では、かつて19世紀の終わりにも同様の課題に社会が直面していたことを指摘し、先人たちは社会刷新と政治改革によってその問題を乗り越えたことを指摘している。それを踏まえ、社会関係資本の蓄積を再興するために、6領域(若者と学校、職場、都会と都市デザイン、宗教、芸術と文化、政治と政府)に関して提案を行っている。そして、最終的に本書は、米国人が小さな部分でも大きな部分でもお互いを結びつけ合わなければならないことを強調して締めくくられる。

3.社会関係資本の現代的意義とイスラーム信頼学

 以上、『孤独なボウリング』について内容を概観した。この本が書かれ、世に出たのは、20世紀の終わりだった。しかし、それから四半世紀近くが過ぎようとしている現代を生きる私たちにとっても、社会や人々とのつながりについて考えさせられる点が多数あったのではないだろうか。パットナムによってこうして世に知れ渡ることになった社会関係資本は、政治学をはじめとする社会科学分野で今日まで多くの論文が出版されているだけでなく、地域コミュニティの再興を検討する際にも用いられている。同様に、イスラーム文明がこれまで培ってきた人と人の水平方向のつながりづくりや他者との間の信頼の構築を再検討するにあたってパットナムの社会関係資本は重要な概念となるだろう。

Author profile

Lungta Seki(関 颯太)

神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程後期課程。専門は、現代トルコ政治・比較政治学。

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