終了しました 活動記録 公開シンポジウム「演劇と抵抗:48/イスラエルでパレスチナ人のナラティヴを表現する取り組み」(Feb. 18)
2023.01.30
カテゴリ: シンポジウム
班構成: B03 平和構築
B03「紛争影響地域における信頼・平和構築」班は、立教大学異文化コミュニケーション学部との共催で、公開シンポジウム「演劇と抵抗:48/イスラエルでパレスチナ人のナラティヴを表現する取り組み」を開催いたします。皆さまのご参加をお待ち申し上げます。
日時:2023年2月18日(土)14:00~16:30(13:30開場)
会場:立教大学池袋キャンパス5号館5125教室
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1
使用言語:英語(通訳あり)
開催形態:対面
ご登壇者:エイナット・ヴァイツマンさん(劇作家)
プログラム
14:00 開催挨拶(石井正子)
14:05 エイナット・ヴァイツマンさんの紹介(村井華代)
14:10 講演(エイナット・ヴァイツマン)
日本語通訳:渡辺真帆
15:30 休憩
15:40 対談(エイナット・ヴァイツマン・鈴木啓之)
16:10 質疑応答
16:30 閉会挨拶(新野守広)
【概要】
イスラエル国内で、パレスチナ人のナラティヴをどうしたら語ることができるのか。テルアヴィヴを拠点に活動する劇作家で俳優のエイナット・ヴァイツマン氏をゲストに迎え、演劇を通してパレスチナ人の声をイスラエル社会に響かせる活動を事例に考える。エイナット氏は、「パレスチナ・イヤーゼロ(Palestine, Year Zero)」(2016年)や「占領の囚人たち(Prisoners of the Occupation)」(2019年)、「革命の作り方(How to Make a Revolution)」(2021~22年)など、イスラエル軍によるパレスチナ自治区への軍事侵攻や、パレスチナ人政治囚、イスラエルとパレスチナ自治政府の治安協力をテーマとした演劇を精力的に発表してきた。また、イスラエル南部ネゲヴのベドウィンの村で、アートを通した人権活動にも関与している。パレスチナ/イスラエルを舞台に、芸術を通して紛争を語り、社会を変えようとする活動について、講演と対談により報告する。
<エイナット・ヴェイツマンさんプロフィール>
エイナット・ヴァイツマンさん(Ms. Einat Weizman)劇作家、俳優、人権活動家
1973年生まれ。イスラエルのテルアヴィヴを拠点に、イスラエル社会で顧みられることが稀な社会問題を演劇活動のなかで扱う。演者としてイスラエル国内の映画やテレビで活動するにとどまらず、パレスチナ人の人権状況を扱った演劇を多数演出。2017年には演出作『パレスチナ・イヤーゼロ』が東京でも上演された。テルアヴィヴ大学で修士号取得、大学等で演劇のコースも担当し、2022年11月イスラエル総選挙ではアラブ系政党バラドからリスト第6位で出馬。「占領の囚人たち」は、2023年2月17日から26日まで、東京下北沢の「劇」小劇場で上演される。
事前登録制(先着60名)
次のURLからお申し込み下さい:https://forms.gle/5HA8z7ATqmdX55f68
問い合わせ・連絡先:山本沙希 yamamoto_saki[at]rikkyo.ac.jp
緊急の問い合わせ先:鈴木啓之 suzuki[at]utcmes.c.u-tokyo.ac.jp
共催:科研費学術変革領域研究(A)「紛争影響地域における信頼・平和構築」(研究代表者:石井正子(立教大学)課題番号:20H05829)、立教大学異文化コミュニケーション学部
活動記録
エイナット・ヴァイツマン氏による講演は、現代イスラエル社会の課題を浮き彫りにするのみならず、紛争地域における文化活動を通した人権擁護の実践においても、重要な示唆を与えるものだった。「ことの顛末からお話しします。時は昨年10月のイスラエル総選挙、場所はイスラエル最高裁での出来事です」と冒頭で述べたヴァイツマン氏は、自身が現在イスラエル国籍パレスチナ人の政党「バラド」で活動し、2022年11月の選挙では候補者名簿の第6位に入っていたこと、選挙直前にバラドの選挙参加資格に疑義が呈されて裁判に発展したこと、その訴訟理由に自身の演劇活動が挙げられていることを聴衆に紹介した。こうした活動を行うに至った経過を、ヴァイツマン氏は自身の芸能・演劇活動を交えながら語った。
1990年代には、映画『おばあちゃん大作戦』(Operation Grandma)を始めとして数々の映画やドラマに出演し、自身がいわゆる「セレブ」であったことを紹介した。そうした生活は、ある写真が2014年のガザ戦争時にインターネットで拡散され、バッシングを受けたことで一変する。「Free Palestine」とデザインされたTシャツを着て、何気なく写真を撮ったのは、2006年のことだった。「多少のヘイトはあったけれども、まだ大したことはなかった」と語るヴァイツマン氏の言葉の通り、その後、ヴァイツマン氏はさらに困難な立場に置かれるようになる。
自身の経験を背景に、2015年には「恥」という舞台を初めて劇作、演出した。劇中では、パレスチナ人の囚人ワリード・ダッカの文章を引用する箇所があったが、これがイスラエル政府によって問題視され、文化スポーツ相から名指しでの批判、関連財団を使った経済的圧力が加えられていった。2017年のアッコー演劇祭では、ヴァイツマン氏が劇作した「占領の囚人たち」の上演を市長が禁止したことで、イスラエル国内の文化人を巻き込んだ大論争へと発展した。ヴァイツマン氏はこうしたイスラエルの文化人による活動に敬意を示しつつ、一方で「表現の自由の議論に終始し、パレスチナ人囚人や占領のことを正面から論じる者は少ない」と述べた。この点に、民主主義の原則と、自国が抱える紛争との微妙な関係性が浮き彫りになっている。2017年9月には自身の演劇が上演された劇場が1週間閉鎖される事態になり、ヴァイツマン氏は「すべてが終わってしまった」と感じた。
この時期に、ヴァイツマン氏は詩をFacebookに投稿したことで逮捕されたパレスチナ人女性のダリーン・タトゥールと出会う。演劇を上演できない作家となったヴァイツマン氏自身にとって、詩を投稿して逮捕されたタトゥールとの会話は、新たな演劇を作り上げる契機となった。「私は、ダリーン・T」と題した演劇で、ヴァイツマン氏はダリーン・タトゥールというパレスチナ人女性を身体化(bodying)し、彼女の声を自身の身体を使って観客に向かって発した。こうした活動のなかでは、囚人X氏や他の長期収容経験者のパレスチナ人との出会いがあり、三部作「占領の囚人たち」、「私は、ダリーン・T」、「革命の作り方」を完成させるに至った。
ヴァイツマン氏は講演のなかで「特権」という言葉を何度か使った。「イスラエルの白人ユダヤ人」(Israeli white jew)としての自身の立場を最大限に利用して、演劇を通して活動を行うヴァイツマン氏は、「2006年に何気なくTシャツを手にしてから、今日私が置かれている立場に至るまでの道のりそのものが、イスラエル社会の劣化を如実にあらわしている」と述べて、講演を結んだ。
会場からはイスラエル社会で現在の政権への評価がどのようになっているのか、演劇を通して活動を続けることの意義とは何かなど、活発な質問が発せられた。パレスチナの囚人らとヴァイツマン氏が取り結ぶ信頼関係、特にヴァイツマン氏に声を託したダリーン・タトゥールとの関係は、紛争地における取り組みとして稀有なものである。一方で、ヴァイツマン氏がイスラエル国内で直面している中傷や攻撃は、紛争下の社会において「他者」と関係を結ぶことの代償を示して余りある。一般的な平和構築の枠組みに収まらないヴァイツマン氏の活動を本人の語りによって明らかにした本シンポジウムは、イスラエル新政権発足から時を置かずに開催された点を含め、大きな意義があったと言えるだろう。
なお、講演の前後には共立女子大学の村井華代氏、および立教大学の新野守広氏による講師紹介と講評があり、聴衆の理解をさらに深める形となった。特に村井氏が当日配布した資料に、本報告書の一部は依拠している。また、日本語通訳では渡辺真帆氏にご尽力頂いた。名前を付して、感謝申し上げたい。(鈴木啓之)