領域の背景と目的

様々なグローバリゼーションが重層的に進行しつつある現在、越境的な人間移動はますます日常化している。たとえ一部で国境の再強化が図られても、世界各地はより緊密に結びつき、人類は同じようなツールを使い、同じような社会環境のなかに生きるに至ったように見える。難民がスマートフォンを片手に荒野を歩く姿も、2019年末から始まった新感染症の拡大速度も、半世紀前には想像できなかったであろう。

こうした地球的ネットワークの高密化の一方、経済的格差や文化的差異による分断と分極化が各地で深刻化する逆説的な状況が存在する。内戦やテロの暴力の世界的拡散はその一つの現れであり、そこで常に問題とされるのがイスラームである。イスラームという宗教・文明自体に他宗教・文明との対立が埋め込まれているとする言説は、2001年の9/11事件以後急速に流布し、依然影響力があるように見える。しかし歴史を謙虚に振り返れば、イスラーム文明は「横への広がり」、人と人の水平方向のつながりづくりに長けており、他者との間に信頼を構築する技術を発展させてきたからこそ、グローバルに拡大してきたと言える。本提案は、水平方向にネットワークを形成する過程の「つながりづくり」をコネクティビティの概念でとらえ、その暗黙知を言語化・可視化して、今日の世界において深刻化する不信と分極化・分断化の諸問題を解決するための視座を提供し、新たな提言を行うことを目指す。

フィリピン・ミンダナオ島のモスク

研究体制

本プロジェクトは、総括班と6つの研究班から構成されています。
これらの研究班に、総勢57名にのぼる様々な専門領域の研究者が参加しています。

研究項目Aは、それぞれ財、文化情報、人について、その移動とコネクティビティを中心に研究し、研究項目Bはそれぞれ国家権力など垂直方向との関係性、近現代思想と政治、紛争と平和構築の局面における信頼構築プロセスを中心に研究する。そしてこれらの研究を人文情報学の観点から機動的に包括するC01が設置される。

研究項目Aについては、A01「イスラーム経済のモビリティと普遍性」 、A02「イスラームの知の変換」 、A03「移民・難民とコミュニティ形成」がコネクティビティの現場、人と人の間の関係づくりの実態を、それぞれA01財(カネ・モノ)、A02知(情報・言語)、A03人(移民・難民)の越境的移動とその効果・変容の面から明らかにする役割を負う。垂直的権力関係が表面化する境界領域を水平的社会関係がのりこえる局面を、それが挫折する局面も含め、過去から現在の事象のなかからすくい出し、イスラーム的コネクティビティの知恵を抽出し、理論化する作業である。

研究項目Bについては、Aのコネクティビティに対して垂直的権力がより強く現れる局面を問題にし、その緊張関係のなかで信頼がいかに構築されるかという、応用研究的性格の強い3つの計画研究班、B01「イスラーム共同体の理念と国家体系」、B02「思想と戦略が織りなす信頼構築」 、B03「紛争影響地域における信頼・平和構築」から構成される。

研究項目C (C01) は人文情報学の手法により、専ら文字史料から読み取る情報を文字で表現してきた従来の歴史学的研究に新たな分析手法を提示する。

イスラーム信頼学研究プラットフォームの設立

本研究期間の5年度の間に、東京外大AA研を中核拠点として、計画研究班代表が所属する京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)、大阪大学言語文化研究科、立教大学異文化コミュニケーション学部をサテライト拠点とした「イスラーム信頼学研究プラットフォーム」を設立する。これは研究分担者が所属する日本国内の諸研究機関、AA研のベイルート(レバノン)とコタキナバル(マレーシア)における海外研究拠点、各研究代表者や研究分担者が密接な研究協力関係を有する海外の諸研究機と2025年以降も継続的な関係を発展的に維持できるような研究ネットワークである。

この他、研究領域全体として、英文叢書や日本語論文集の刊行、デジタル情報のウェブ公開なども進める。加えて、若手研究者の育成、研究成果の社会還元に努める。

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