終了しました 活動記録 オンラインシンポジウム「ウクライナ戦争の背景とその波紋:我々は今どこにいるのか」(Mar.25)

2022.03.11

カテゴリ: シンポジウム

班構成: 総括班

オンラインシンポジウム「ウクライナ戦争の背景とその波紋:我々は今どこにいるのか」


日時:2022年3月25日(金)16-18時


【開催趣旨】

ロシアのウクライナ侵攻から一か月が経過する時点で開催される本シンポジウムでは、
この戦争がなぜ起こったのかについて理解を深めるために、
それを世界史的文脈に位置付けることを試みます。
私たちは戦争の終結を祈りつつも、現在進行している悲劇を前に思考を停止させることなく、
現代世界がこのような未曽有の危機に陥った経緯を検証します。

報告者:

1.青島陽子(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)
  「ウクライナ戦争の歴史的位相」
2.長縄宣博(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター/東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(併任)・B01班研究分担者)
  「長い20世紀の終焉とウクライナ戦争」
3.野田仁(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・A02班研究代表者)
  「東からの視点:中国、カザフスタン、ロシアの位相」
4. 黒木英充(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
        /北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター(併任)・領域代表者・A03班研究代表者)
  「中東地域との危険な共鳴」
5.佐原徹哉(明治大学政治経済学部・B03班研究分担者)
  「ウクライナ侵略と世界の多極化」

6.質疑応答

モデレーター: 
野田仁

使用言語:日本語
開催形態:一般公開/無料、Zoomによるオンライン開催(ウェビナー形式)/要事前登録
事前登録:参加ご希望の方はこちらのフォームからお申し込みください。
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_WZpvezGUSoGTClONA1bLYw


共催:
科研費学術変革領域研究 (A)
 「イスラーム的コネクティビティにみる信頼構築:世界の分断をのりこえる戦略知の創造」総括班
  (研究代表者:黒木英充(ILCAA/SRC)課題番号:20H05823)
科研費基盤研究(B)「暴力による民主主義の20世紀:トランスナショナルヒストリーの試み」(研究代表者:長縄宣博(SRC/ILCAA)課題番号:18H00697)
科研費基盤研究(B)「融解する帝国:ロシア帝国末期の境界地域における統治の近代化と社会の流動化」(研究代表者:青島陽子(SRC)課題番号:21H00581)

お問合せ:
「イスラーム信頼学」事務局(担当:村瀬) 
E-Mail : connectivity_jimukyoku[at]tufs.ac.jp

 

活動記録

1.青島陽子「ウクライナ戦争の歴史的位相」

 今回のウクライナ戦争は、長く引きのばされたソ連解体のプロセスの一環と考えうるだろう。社会主義国家としての普遍的イデオロギーは消失したものの、ロシア連邦の新しい国家のアイデンティティは不明瞭であった。ロシアは、次第に固有の価値を見つけ出そうと試みるが、今回の戦争においても、文化、民族、宗教などのどれをとっても、守るべき価値を明確に示し、聖戦に動員する論理を構築できているとは言えない。一方で、ロシアは西からの圧力に対して、ロシア・ナショナリズム(あるいは「ロシア」防衛意識)が喚起されやすいという特徴がある。17世紀初頭にポーランド軍の侵攻からモスクワを奪還して以降、西側の境界線を西へ西へと拡大してきたが、冷戦崩壊後にウクライナが敵対的な国家になったとすると、西側の境界線は17世紀初頭まで戻ることになる。
 ロシアとウクライナの歴史は互いに多元的なルーツを持つが、その中心的な部分で両者は複雑に絡み合っている。帝政期には、ウクライナ民族主義はロシア民族主義と相互に影響しながら発展し、ウクライナ文化はロシア国家の中核の一部を担ってもきた。その後、ウクライナの領域を広くとり、ウクライナ人を基幹民族として規定したのはソ連である。ウクライナはソ連の中で、最初期からの主要構成国として中心的な役割を担うと同時に、農業集団化や独ソ戦のなかで多大な被害を受け、さらに、特に西ウクライナではソ連体制への執拗な抵抗者としての側面も見せた。
 ロシアとウクライナの両国がソ連崩壊後の独自の国家的アイデンティティを模索する中で、次第に歴史認識の齟齬が顕在化した。ロシアは、複雑な多民族国家において最大多数が合意できる重要な歴史的事件として、大祖国戦争の記憶を称揚した。この世界観の中核には「反ファシズム」があり、敵対する者は「ファシスト」とみなされた。他方でウクライナは、ロシアとの対立が激化する中でソ連の歴史を否定し、ソ連と戦った蜂起軍を英雄視するようになった。こうした歴史記憶の問題は、両国で単に政治の問題として扱われただけではなく、国家安全保障の問題と位置付けられた。今回の戦争の中でさかんに用いられる「非ナチ化」とは、安全保障の一環として歴史認識の誤りを正すことを指し、そのことでウクライナの敵対的態度を抜本的に変更させることを意味していると言えるだろう。
 しかし、記憶の衝突がいかに激化しようと、なぜロシアが突然軍事侵攻したかを説明しない。そのためには、ロシアの軍事的ロジックを追う必要があろう。冷戦終結後も、実際にはバルカンや中東で戦争は続き、ロシアはそれらを間近で経験するか実際に関与している。ロシア自身もチェチェンを始めとして大規模な戦争を繰り広げてきた。そのため軍の実践投入への抵抗感は我々が想像するより少なく、軍事的勝利の意味は極めて重いのだろう。
 ロシアはウクライナを両国の存亡を賭け戦いへと引きずり込んだ。戦争の長期化による人的物的被害の著しい拡大も大いに懸念されるが、さらに長期的に見れば、非妥協的な歴史観(国家アイデンティティ)の対立が両国の間に残っていくこともまた、北ユーラシアの安定的な秩序の再建を考えた時、重い課題となっていくように思われる。

2.長縄宣博「長い20世紀の終焉とウクライナ戦争」

 20世紀は1991年のソ連解体をもって終わったと、多くの専門家が考えてきた。しかし、冷戦後に唯一残された超大国の米国は、この30年で自国第一主義に凋落した。ロシア帝国とソ連の崩壊過程に関する研究は、帝国の維持を不公平と考えるロシア人ナショナリズムの昂進にこそ、帝国の危機があったことを教えている。その類比で考えるならば、近年では米欧の住民が、これまで自分たちのグローバルな影響力と繁栄を支えてきた、民主主義や自由貿易などリベラルな価値観や公共財はもはや自分たちの割に合わないと主張しているのが目立つ。昨年8月から今年にかけて起こっている、アフガニスタンやウクライナをめぐる激動は、冷戦後の国際秩序の終焉であるばかりでなく、1870年代頃に始まる欧米中心の世界秩序の終焉も告げているのではないか。
 この終焉の現象は、ロシアと中東が絡み合いながら表出している。象徴的にも、冷戦後の「アメリカの平和」は1991年の湾岸戦争とソ連解体から始まった。ソ連解体の遠心力を逆回転させる軋みが最も苛烈に表れたのが、1994年から2009年まで二度戦われたチェチェン戦争である。この戦争は、9.11以降は「グローバルなテロとの戦い」に位置づけられ、米欧との協調が進んだが、2003年のイラク戦争を機にロシアの中東外交は大きく展開する。そこでは、国内の大きなムスリム人口が外交資源として最大限に生かされた。また、現在のウクライナ危機を考えるには、ロシアが「アラブの春」をソ連解体と重ね合わせて、特別な思いで眺めていたことも強調する必要がある。「アラブの春」と同時進行で、NATOの東方拡大と人道的介入が進行したことも、モスクワに脅威と不公正の感覚を高めた。
 今回のウクライナ戦争で、プーチン自身が20年間築き上げてきた「帝国ユーフォリア」と「米欧中心の世界秩序への挑戦」という成果が破綻の危機に瀕している。2014年のクリミア併合は、現地のロシア人に歓迎されただけでなく、結果的にはクリミア・タタール人の宗教生活の要望にも応える側面があった。今回の侵攻は、この成功体験の幻惑によるところが大きい。ロシア国内での反戦の広がりは、ソ連解体30年を経て人々が再び、帝国は割に合わないと主張し始めたかのようである。「欧米中心の世界秩序への挑戦」という側面では、しばらくはロシアが中東や南アジアで展開してきた外交の蓄えが有効に働くように見える。ロシアなどの「ならず者」を排除することで演出されているリベラルな西側の一体性がどれだけ持続可能なのかも未知数だからである。

3.野田仁「東からの視点:中国、カザフスタン、ロシアの位相」

 本報告は、歴史的な視点に立ち、ロシアの東方との関係からウクライナ問題を考察するものであった。まず19世紀ロシア帝国の拡大について、イリ事件における新疆イリ地方占領時のような傀儡政権樹立の試みを示し、クリミアやドネツクの事例と対照させた。次にプーチンの言説がはっきり示しているように、歴史・過去の事象の政治利用に言及した。ロシアにおけるソ連回顧や中央アジア併合論―とりわけ2022年1月のカザフスタン動乱の際にSNS上で見られた―のような言説が注目に値する。少し話しが逸れるが、歴史へのそのようなアプローチは、中国の新疆などへの領有権の主張も関連付けられ、ロシア帝国の枠組みと中国の枠組みが衝突しているとみることもできる。
 ここでクローズアップされたカザフスタンについて、ロシアとの位置を踏まえると、ウクライナと相似する状況を指摘しうる。カザフの場合は、ロシアが対峙する・見通す先として中国があることは言うまでもない。1月動乱を受けてカザフの対ロシア政策にも変化が見受けられ、とりわけウクライナ侵攻後は、微妙な距離感が見られる(一方で、エネルギー資源についてはロシアと協調している点は考慮しなければならない)。ロシアに与するよりむしろ仲介者としての立場を採ろうとし、また中国との外交関係への配慮も見られる。注目すべきは第二のウクライナ論とも呼べるようなロシアからカザフスタンに向けられたまなざしであり、一層中国ファクターの重要性を考慮せざるを得ない。その中国の視線は、ウクライナにおける戦争について、自国の領土保全の主張へ還元する傾向が目立つねじれたものになっており、中国がロシアを支持するのか、あるいは対ロシア側に回るのかが今後も重要な鍵になることを提示するものであった。

4. 黒木英充「中東地域との危険な共鳴」

 1) 今回のロシアの侵攻が非難されるべきなのは論を俟たないとして、その背景にはNATOの東方拡大、直近には米ロ外交の失敗の問題がある。これには冷戦期の前線地帯、冷戦後は「対テロ戦争」の対象地域となった中東からすれば、既視感しかない。ポーランド、ハンガリー、チェコのNATO加盟時のジョージ・ケナン(ソ連封じ込め政策設計の米外交官)が米の政策に対して示した厳しい拒絶・非難を、1998年のNew York Timesの記事から引用した。
 2) ウクライナ戦争と中東の関連を考察するべく、2度のチェチェン戦争(1994-2009年)、グルジア戦争(2008年)、シリア内戦介入(2015年-)、ナゴルノ・カラバフ戦争(2020年)を振り返り、ジハード主義民兵と今回の欧米義勇兵問題、イスラエルやトルコの関与、ロシアがシリア内戦に介入した理由などについて概観した。
 3) 戦争が今後中東に直接及ぼす二つの甚大な影響について論じた。小麦を中心とした食糧危機(中東諸国のウクライナ・ロシアからの輸入への圧倒的依存)と、急激かつ大規模なウクライナ難民問題とイスラエルの関係である。イスラエル政府内では今年1月からすでにウクライナのユダヤ人受け入れが協議されており、ヨルダン川西岸占領地における入植がさらに進む可能性を指摘した。
 4) ロシア非難で日本政府が主張する「力による一方的な現状変更は許されない」原則につき、中東ではパレスチナ問題や2003年の米英によるイラク戦争を典型にそれが多々許されてきたことを確認した。イスラエルのゴラン高原占領・併合が国連安保理でも認められていないにもかかわらず、国際社会は事実上容認しており、シリア内戦の一時期にはゴラン高原隣接地域のアルカーイダ系も含む反体制派をイスラエルが緩衝地帯をつくるべく支援したことにも触れた。こうした問題の指摘には、「○○はそうだが、××はどうなんだ」というのは問題のすり替えだ、との批判があるが、ダブルスタンダードの抑制と国際法規範の維持のため、さらには被害を受ける人々への想像力を失わないためにも、むしろこのwhatabout論こそが重要であるとした。
 5) グローバルな交通網やサプライチェーン、情報流通ネットワーク等が重層的かつ稠密に絡み合い、世界が深く依存し合う現在、ロシアのような巨大な空間・資源をもつ国を制裁で切り離すのは、逆に「制裁する側」のコネクティビティをも自ら毀損して、エネルギーや食糧に限らず当初の想定を超えた問題が噴出するであろうこと、イラクやシリアへの制裁が民主化勢力の発展どころか逆効果だったことに鑑み、ロシアの反プーチン派への助けにならないことを指摘した。

5.佐原徹哉「ウクライナ侵略と世界の多極化」

 ウクライナ侵略でロシアが国際的に孤立しているというイメージとは裏腹に、世界の大半の国が対露経済制裁に加わらずに中立を維持している。
 アメリカと同盟国は中立国を自陣営に引き込むため、この戦争を「権威主義」対「民主主義」というイデオロギー対立の図式に位置づけ、中国を筆頭に「ロシア寄り」と見做した国々に「権威主義陣営」のレッテルを貼っているが、ヨーロッパの地域紛争に過ぎない出来事になぜ他地域の国々を巻き込む必要があるのだろう。
 その理由を考えるには、21世紀に急速に進む世界の多極化のメカニズムを押さえる必要がある。多極化とは冷戦後のアメリカ一極集中に代わる新たな国際秩序への移行を意味し、独仏などが提起する欧州自立構想なども含んでいるが、基本的な原動力は21世紀に顕著となったアジアの経済発展である。新興工業国は先進国に有利な金融制度や知的財産権などに不満を抱いており、既存のルールの修正を求めているが、これは経済発展のための選択肢の増加を意味するため、アフリカや中南米の国々にも支持されている。多極化には近代を通じて歴史的に形成されてきた北の国々の世界支配へのグローバル・サウスの異議申し立てという側面があるのだ。
 近年のアメリカ政府が「権威主義」対「民主主義」のイデオロギー対立を強調するようになったのも新興国と発展途上国の結束を阻止するという思惑からである。主に念頭にあるのは中国だが、ロシアも対象に含まれている。ロシアは新興工業国ではないが多極化推進を安全保障の要と位置づけ、これまでBRICSやSCOで主導的な役割を果たしてきたからだ。
 アメリカの支配階級は、今回のウクライナ戦争のことを、欧州自立構想を封じ込め、ロシアと中国を孤立させて多極化を阻止する一石二鳥の好機と見ているに違いない。新興国は、アメリカの介入主義を牽制するため、主権の遵守、内政不干渉、国連中心主義、二重基準の撤廃などを大義に掲げて結束してきたが、ロシアのウクライナ侵略は国連憲章に違反したあからさま国家主権の侵害であり、従来の大義を裏切る行為であり、BRICSやSCOは空中分解するかもしれない。ロシアの暴挙は、多極化推進勢力から見ても非難されるべき行動だが、だからと言ってアメリカが喧伝するイデオロギー対立の図式を受け入れることはアメリカ一極集中への逆戻りを意味する。中国やインドがロシアを非難しない理由はこうしたところにあり、他の多くの中立国もそう考えている。
 中立国に共通する特徴は植民地経験を有する点にあり、多くの国にとってこの戦争はNATOとロシアの帝国主義戦争であって、自分達には無関係のものなのだが、北の先進国はイデオロギー対立を強調することでグローバル・サウスを分裂させ、歴史の針を逆戻りさせようとしている。
(2022年4月15日掲載)

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