(日本語) Blog #4 「史料の森で人間の「生態」観察」

2022.01.26

Category: Blog

Author: Erina Ota-Tsukada

Sorry, this entry is only available in Japanese.

 食うか、食われるか。

 生物の世界が弱肉強食なことはよく知られていますが、人間も秩序のある生存競争の只中にいることは確かです。現代においても、人はそれぞれ成功のためのロードマップを描き、そのために何をすべきか、誰の助けが必要なのかを常々考えています。もちろん研究者にも、研究を続け、充実させていくためのストラテジーは必要です。

 有史以来、人は個人、家族、部族、職業、さらには国家、宗派など、様々な単位での生き残りを目指してきました。前近代のアラブ地域においては、ペストに代表される疫病や戦争によって、周期的に多くの命が失われました。人口動態が大きく揺さぶられることで、経済危機が発生した結果、増税や財産没収などの形態で、国家による市民に対する収奪も強くなりました。このような不確実性の高い時代、人はいかに生き延びようとしてきたか―――私はこれまでマムルーク朝(1250~1517年)というエジプト・シリア地方を主な版図に収めた王朝において、学者や官僚などの文民エリートを中心に、当時の人々が生きるために抗う姿、「生態」を観察してきました。

 様々な危機をかいくぐり、より安全で快適な暮らしを志向する中で、「寄らば大樹の陰」の言葉通り、有力者との「つながりづくり」(人脈形成)は、個人や集団としての生き残り戦略のなかで、大きなウェイトを占めていました。マムルーク朝期の官僚について一つ確かなのは、官職の獲得以上に職の維持、すなわち、官僚になるよりも官僚であり続けるほうがはるかに難しかったということです。権力闘争に絶えず晒されていた彼らは、他の職にも影響を及ぼし得るような有力官職の獲得を目指し、仮に政権交代によって失脚したとしても、将来的な再登用のため、同族登用、婚姻、執り成し(平たく言えば、「恩を売る」こと)などを通じた人脈の拡大によって、生存戦略の構築を模索しました。

 文民エリート研究においては、いつ、いかなる職を獲得したかという立身出世の過程がまず注目されますが、職の獲得や婚姻など、彼らのライフイベントの背景を紐解いていくと、そこには世代を超えて作用する関係、同世代の中で水平方向に伸びる関係という、タテとヨコの複層的なつながりがみえてきます。これを解明するためには史料記述の分析が不可欠ですが、紙媒体史料の精読というアナログ的な手法では、数年かけて有力者個人や一つの家系に特化した研究を行なうのが限界で、そこから得られた結論が、特定個人の事象なのか、それとも当時の有力者全般に共通する原理なのかを判別するには膨大な労力が必要となります。そこで現在は、校訂され、刊本として利用可能な史料をデジタル化し、SNSでお馴染みの「タグ」(例えば、「#有力官僚」「#結婚」「#1500年」)をテキストに付与することで、史料の森に散らばる情報を機械的に分析するための方法論を検討しています。

 デジタルヒューマニティーズは、アナログ的手法では困難だった量的な分析を可能としつつ、個人の研究成果をオンライン上で恒久的に残すことにより、次世代研究者へのレガシーの継承という側面も持っており、情報化時代に不可欠な手法になると考えられます。しかし同時に、史料自体の持つ魅力も忘れてはいけません。私はエジプト留学時、主にアラビア語叙述史料の読み方を勉強していました。年代記や人名録において、一見唐突で読みづらい記述が、クルアーンの章句や古の詩歌が織り交ぜられた、著者の素養を誇示する衒学的な文体をとっていることに気づかされました。また、当時の著名人の伝記を集めた人名録は、必ずしも肯定的な記述ばかりとは限りません。各伝記の情報量には相当な濃淡があり、さらに伝記の主人公を貶めるような、悪意に満ちた記述も挿入されており、なぜその人物が収録の対象となったかを考えはじめると、そこには人間相互の愛情や嫉妬、ライバル関係が垣間見えます。そのような叙述史料、すなわちその時代を生きた人間が語る、血の通ったストーリーとしての面白さは、数量的な分析では必ずしも伝え切れないものです。

 厳しい自然・社会環境を背景にした生存競争は、アラブ・イスラーム圏のみならず、文明の存在するすべての地域が経験しており、そのなかでもがき続けてきた人間の「生態」には、各地域、各時代で共通する要素も多く見出されるでしょう。このイスラーム信頼学における自身の研究を通じて、アナログ/デジタルの両手法から、イスラームが「つながりづくり」の潤滑油として作用している側面に着目しつつ、「生き残る」という人類の普遍的テーマを歴史的に観察することを目指したいと思います。

シナイ山に昇る朝日

スルターン・カーイトバーイの要塞(15世紀、アレクサンドリア)

有力官僚イブン・ムズヒルのモスク(15世紀、カイロ)

Author profile

Erina Ota-Tsukada(太田(塚田)絵里奈)

(日本語) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・特任助教

(日本語) 1982年生。慶應義塾大学院文学研究科後期博士課程在学中にエジプト・アラブ共和国立カイロ大学留学(2008~2011年)。博士(史学)。慶應義塾大学文学部・言語文化研究所講師、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員等を経て現職。主要論文に”Formation of the Ideal Bureaucrat Image and Patronage in the Late Mamlūk Period: Zayn al-Dīn Ibn Muzhir and ʻUlamāʼ” , Al-Madaniyya 1, 2021, 41-61、訳書に『イスラームの形成:宗教的アイデンティティーと権威の変遷』(共訳)、慶應義塾大学出版会、2013年など。

Note

(日本語) 2011年1月、カイロ大学留学中に「アラブの春」を目の当たりにしたことは、歴史を学ぶ意義を自らに問い直す契機にもなりました。マムルーク朝期に限らず、人類はこれまで数々の政治的動乱や疫病、戦争を経験してきました。命が失われることの意味、そして社会の中で命を繋いでいくという人間の本質的な在り方が、個々人や集団としての生き残り戦略に与える影響を、普遍性と時代・地域的特性の双方から考えたいと思っています。

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